ななぶんのに研究生活

週5日は常勤で勤務しながら大学院博士課程で研究道を進んでいます。研究に時間を充てられるのは週末だけという「七分の二」研究者のタマゴの活動記録です。

インフルエンザ様疾患つづき

土曜の夕方からまたくらくらするので熱を測ると37.5度。よくこれで高速を運転して仕事に行き、買い物までして戻ってこれたものだと思う。(そのときは発熱はしてなかったと思うが。)

 

家事をあきらめてまた寝る。

 

しかし眠れない。痰が絡むし咳が止まらない。うとうとするのにすぐ目が覚めるの繰り返し。

もはや何時に測ったのかわからないけど、38.5, 39.4, 38.2 みたいな数字ばかり見た。熱を測るのも気休めでしかない。だってずっとしんどいんだし。

家族に感染しないようにマスクして寝てるのは、自分にとってもよかったと思う。口の乾きは多少押さえられたと思うから。

 

枕元にはアクエリアス。コップじゃなくて500ミリボトルが便利。これも土曜日にスーパーで買っておいてよかった。

 

子どもたちはカレーを温めたりしてそれなりに過ごせている様子。ウイルス持ってる母が下手に動くよりはその方がいい。

 

寝込んで3日目の本日はさすがに仕事を休みました。熱は37度台だけど、それ以上に上がることはなくなったので、回復にはむかっているのでしょう。

 

起要の修正も締め切りが迫ってるし、仕事も大詰めなのに、ほとほと困ってますが、無理して長引かせてもいけないと自分を押さえています。

インフルエンザ様疾患

金曜午後に、なんとなく熱があるような気がして、早退してクリニックに行った。

前日から咳がひどかったので、インフルエンザの検査を受けた。鼻に長ーい綿棒を入れられる。結果は陰性。ほっとした。

 

翌日は午後から近隣の町に出張する予定があり、自分が主で動かしている仕事だから、ここでインフルエンザとかになってるわけにはいかないのだ。だから陰性でよかったと心底思った。薬もいただき、もうこれでだいじょうぶだろうと。

 

甘かった。

 

金曜夜から、38度、38,5度と熱が上がっていく。節々も痛い。午前1時、ついに39度。喉もカラカラで脱水症状みたくなっている。仕事を休んだときの埋め合わせ手段がないことに絶望的な気持ちになる。

 

午前4時、38度。午後7時、37度。9時まで寝ると決めて、9時にもう一度熱を測ると36.5度。

 

サラリーマンの鏡すぎる。

 

シャワーして身支度を整えて、クリーニング屋を経由して仕事へ向かう。さらにスーパーに寄って食材を買い込み、家族のためにカレーを作る。これで多少は家事も楽になるだろう!

 

まさかその夜、再び39度になるとは思ってもいなかった。

手作りラスクの記憶

お題「思い出の味」

3連休の最終日、子どもたちはそれぞれのワークに忙しく、私も書き仕事がある。午後におやつを食べようと誘った時に、気分転換に手作りしてみようと思い立った。

 

私が子どもの頃、おやつは「お菓子」や「スナック」ではなくて、祖母がふかしてくれたサツマイモだったりおにぎりだったりしたのだが、育ち盛りの頃には自分でおにぎりを握ったりしていた。そんなころに発明したのが「食パンをカリカリに焼いたおやつ」である。今風に言えば、ラスクである。

 

食パンにバターをやや厚めに塗って、砂糖をかける。目安はざりざりっというくらい。それを包丁で何等分かにする。私の好みは縦横4つずつ、合計16等分した大きさだった。そして、ラップはかけずに電子レンジにいれてチンすると、うまい具合に水分が抜けてカリカリになるのだ。

 

食パンを焼くのになぜレンジを使ったのか不思議だが、家にあったのがポップアップ式のトースターだったからだろうと思う。バターと砂糖をたっぷり塗った食パンを、ポップアップ式のトースターに垂直に入れると大変なことになってしまうから。

 

そんなことを話しながら、子どもたちと食パンにバターを薄めに塗り、砂糖をパラパラとまぶした。昔のような量は、カロリーを考えると恐ろしくてできない。

 

さあ、レンジに入れてチン!

 

カリカリじゃない(´・ω・`)

 

昔のレンジの性能なら水分が飛ぶので、程よくカリカリになったのだが、今時のレンジは性能がよいのだった。ましては我が家のレンジはスチーム使用だ。水分が飛ぶわけない。今ごろ気づいた。 

仕方ないので、今時の横置きのトースターで焼いて仕上げた。昔レンジ、今トースター。ヘルシーなカリカリラスクで、昔を思い出したのだった。

 

年賀状考

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

頂いた年賀状を見るのは楽しいが、あることに気が付くと、むくむくと問題意識が頭をもたげてきた。物好きにも、保管している過去の年賀状も引っ張りだしてきた。そして気づいた。

 

「今年はチャレンジの年です」

という抱負を書いている人は、毎年書いている、ということを。

 

「今年は飛躍の年です」もしかり。

 

私に何かパーソナルなメッセージを書いてくださるほど親しいわけではなく、儀礼的な賀状であることも否定できない。が、毎年である。そう書く人は、毎年書いている。ひっくり返した過去の年賀状も、同じである。

 

ここからの仮説。

1.本当にそう思っているから書いている。

2.年賀状にはそう書くものだと思っているから、本音によらず、書いている。

3.この人には書くこともさほどないから、とりあえずこう書いておこうと思っている。

 

3は、その人と私の人間関係が何も発展していないということだが、まあ気にしない。

2も、その人の他者コミュニケーションの手法だから、人のことは気にしない。

1は…

他人様のことを気にしてもどうってことはないのだが、ちょっと気になる。

 

NHKの語学講座のテキストは、1月がいちばん売れるそうだ。新年こそはやるぞと意気込む人が多いからだろう。次によく売れるのは4月。新年度のはじまりである。年度も替わって、今年度こそはやるぞと意気込む人が多いのだろう。そしてまた1月、そして4月が巡ってくる。そのたびに、やるぞと意気込む人が(以下略)

 

…ってことかな。

 

私はくだんのフレーズを使うことがあまりないのだが、それでも「今年(今年度)こそは」と意気込んでいることはある。毎年ある。有言実行で自分を追い込むパターンだから、「今年は○○します」と言ってしまうことも多い。いいように考えれば、目標が具体的に見えている。めんどくさいヤツでもあるだろう。そんな時に「今年はチャレンジの年です」と言えば無難にスルーしてもらえるのかなあ、なんて思っている。

仕事を取りに行くことは、何を叶えることなのか

場面①

所属している部署で、とある仕事を急にやらなければならなくなりました。

正規職員にとっては得意ではない仕事ですが、転職して間もないあなたは十分な経験値があり、業務量も所用時間も見当がつく仕事。上長が「誰かやってくれないだろうか」とメンバーの顔を見渡しています。

――あなたは手を挙げますか。

 

場面②

正規職員の給与は、契約職員であるあなたの2倍です。誰がやるにせよ、その人の給与が増えるわけではありません。でも、自分がやりますと立候補すれば、間違いなく感謝されるでしょう。

――あなたは手を挙げますか。

 

 

場面③

進んでその仕事をやると申し出る人はいませんが、あなたの経歴に目を止めた上長が、能力も経験値もあるあなたにこの仕事を担当してほしいと言いました。

――あなたは引き受けますか。

冬休みが終わる(;・∀・)

私の冬休みは、12月27日(火)から1月3日(火)までの8日間。ゆっくり過ごせたかというとそんなこともなく、家の片づけ、帰省、子どものことで慌ただしく過ぎてゆきました。

 

民族大移動みたいに帰省しなくていいんじゃないとは思うのですが、他県で独居する母の元に、自分の家族が元気でやっていると電話で済ますのは忍びなく、かといって全員で帰ると、老いた母に負担をかけてしまうし… 迷いながらも、大晦日と元旦は私の実家で過ごすことにしています。

1月2日は夫の実家に年賀にうかがいます。両親とご馳走を食べて、畑の野菜をわいわいと収穫してきます。田舎の温かさに触れるお正月です。

3日はご近所の神社に初詣。お参りしたあとは街の中をぶらぶらして、今年もこの町で元気に過ごせますようにと願っています。

 

それだけで済めばよいのですが、そうは行かないのが親業というところ。子どもたちの宿題の進み具合も、頃合いを見て声をかけねばなりません。冬休みは時間が短い割りに書き初めがあったり、休み明けテストの範囲が広かったりして、夏休みよりも大変なんじゃないかと思います。

 

さらには、親の冬休みと、子どもたちの冬休みは日がずれます。私は明日から仕事に行きますが、夫はもう一日、子どもたちはあともう二日、お休みです。だから、焦るペースが私だけ早い!

子どもたちが親を頼りにしてくれる間のほんの数年のこととは思いながらも、冬休みが終わると焦ってしまうのでした。

現在、過去、未来

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

最近では読書の際に、まえがきやあとがきをしっかり読むようになりました。書き手がどういう思いで上梓したのか、読者とどのような対話をしたいと思っているのかが表れていると思うからです。

ブログ記事で私が共感する書き手は、スタンスが明確な方や、自分との共通点がありそうな方だと思います。なんとなく出方が予想できて、安心感があるからでしょう。

 

…私は?

自分のプロフィールをどう出してよいものか、いつも迷います。とても共感される部分と、全くマイノリティーだと自覚している部分があるからです。マイノリティーな点については、驚いて絶句されることもしばしば…。

 

A
・女性です。
・既婚です。
・二児の母です。

ここまでならば、同じような境遇の方も少なくはないはず。

 

B
・大学卒業後に新卒入社した上場企業で勤務していました。
・30代半ばに管理職になりました。

この2点において共通する方もいらっしゃるでしょう。

AとBが組み合わさったら、少し減ってしまうかもしれませんが、想像できない範囲ではないと言われます。また、それでも共通する方とは一気に同志感が漂います。

 

私の経歴を「ちょっと珍しいもの」にしてしまうのは、これに続くキーワ―ドである「単身赴任」。ワーキングマザーでありながら単身赴任するというのは、まったく無いことではありませんが、リアルに実物がいると驚かれます。

さらに、「社会人大学院生」と続きます。

 …書かなきゃ、と思うわけです。