ななぶんのに研究生活

週5日は常勤で勤務しながら大学院博士課程で研究道を進んでいます。研究に時間を充てられるのは週末だけという「七分の二」研究者のタマゴの活動記録です。

年賀状考

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

頂いた年賀状を見るのは楽しいが、あることに気が付くと、むくむくと問題意識が頭をもたげてきた。物好きにも、保管している過去の年賀状も引っ張りだしてきた。そして気づいた。

 

「今年はチャレンジの年です」

という抱負を書いている人は、毎年書いている、ということを。

 

「今年は飛躍の年です」もしかり。

 

私に何かパーソナルなメッセージを書いてくださるほど親しいわけではなく、儀礼的な賀状であることも否定できない。が、毎年である。そう書く人は、毎年書いている。ひっくり返した過去の年賀状も、同じである。

 

ここからの仮説。

1.本当にそう思っているから書いている。

2.年賀状にはそう書くものだと思っているから、本音によらず、書いている。

3.この人には書くこともさほどないから、とりあえずこう書いておこうと思っている。

 

3は、その人と私の人間関係が何も発展していないということだが、まあ気にしない。

2も、その人の他者コミュニケーションの手法だから、人のことは気にしない。

1は…

他人様のことを気にしてもどうってことはないのだが、ちょっと気になる。

 

NHKの語学講座のテキストは、1月がいちばん売れるそうだ。新年こそはやるぞと意気込む人が多いからだろう。次によく売れるのは4月。新年度のはじまりである。年度も替わって、今年度こそはやるぞと意気込む人が多いのだろう。そしてまた1月、そして4月が巡ってくる。そのたびに、やるぞと意気込む人が(以下略)

 

…ってことかな。

 

私はくだんのフレーズを使うことがあまりないのだが、それでも「今年(今年度)こそは」と意気込んでいることはある。毎年ある。有言実行で自分を追い込むパターンだから、「今年は○○します」と言ってしまうことも多い。いいように考えれば、目標が具体的に見えている。めんどくさいヤツでもあるだろう。そんな時に「今年はチャレンジの年です」と言えば無難にスルーしてもらえるのかなあ、なんて思っている。